消費者のために働いてきた誇りと自信
あらゆる世界に評論家がいる。美術、株式、料理……。だが、パーカーほど強大な影響力を誇る評論家はいない。発行するニュースレター「ワイン・アドヴォケイト」(WA)でつけたポイントは、発表された瞬間に市場価格を上下させる。パーカーが好むスタイルのワインに仕上げる生産者すら出ている。インタビュー嫌いのワインの帝王に会って、知られざる素顔に迫った。
パーカー・ポイントが最も威力を発揮するのはボルドーのプリムール(先物取引)だ。得点が高ければ価格は上がるし、低ければ下がる。サンテミリオンのシュヴァル・ブラン1981年に低い得点をつけたときは、怒った当主に犬をけしかけられて、噛まれた脚から血がとまらなかった。英国王立経済会議は、ポイントはボルドーワインの価格を15%押し上げる効果があると発表した。
「開かれた心で何でもテイスティングしている。30年間もこの分野で一生懸命働いてきて、自分に自信はある。偉大なワインを形造るものはわかっている。今日では、歴史も文化背景もない産地からも優れたワインが生まれている。1人ではカバーできないほど複雑になったから、同僚と地域を分けた。そのおかげで、私はボルドー、カリフォルニア、ローヌに集中できている」
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ただ、凝縮したビッグワインを好む傾向はある。批判の的になっているが、スペインの「ピングス」当主のピーター・シセックは言う。「私もパーカーも誤解されている。パーカーはラトゥールだけでなく、ラフィット・ロスシルドにも100点を与えている」と。
「その通り。私は誤解されている。人々は私の書物や考えを吟味せずに、ビッグワイン好きな男だと思っている。オーストラリアがビッグワインを生産しているのは、気候条件の中でベストを尽くした結果なんだ。我々の仕事は、生産者がどれだけベストを尽くせるかを見極めること。ビッグワインでも、ハーモニーが大切だ」
疲れを感じるようになったら引退する
広告をとらないWA誌を1978年に創刊した動機は、生産者と癒着した英国のワイン本に疑問を感じたからだ。現在はその英国の評論家から攻撃を受けている。高騰する2005年ボルドーの確定ポイントが厳しかった点が、市場を管理しようとしていると批判された。
「私は何もコントロールしようとしていない。むしろ影響力を切り離そうとしている。アメリカで私やワイン・スペクテイターやステファン・タンザーのような人間が出てくるまでは、彼らがすべてを牛耳っていた。イギリス人はワインの帝国に住み、権力を他者には渡したくなかったんだ、特にアメリカ人にはね」
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186センチの巨体。半年前に手術した背骨は問題ないというが、少し足腰がつらそうだ。服装はかまわない。テイスティングしているときは、強固な意志と集中力で怖い顔になるが、笑うと親しみやすい。弁護士だけあって語り口は明晰だ。
毎年3月のボルドーでのプリムール・テイスティングは、朝8時から夜7時まで1日で11〜12軒のシャトーを訪ねる。そんな生活を30年も続けてきた。
「プリムール中は、朝食をたくさん食べて、昼食はとらない。テイスティングによくないから。車に水やバナナを積んでいる。疲れは仕事の敵だから、夜はだれとも会わない。自律心があるんだ。疲れないかって?疲れを感じたり、仕事をこなすエネルギーがないと思ったら、そのときは引退するよ」
1982年のプリムールで将来性を見抜いて、消費者の信頼を獲得した。アメリカン・サクセス・ストーリーの主人公だが、セレブぶったり、金儲けに走ったりはしない。
「私はつましい出自で、父は素朴な農民だった。弁護士の友人がお金や権力に走っているのに、ショックを受けた。自分はワインに興味があって、ラッキーなことに良いテイスターだった。それで生計をたてられて、自分の飲むワイン代が払えるんだから十分だよ。昔ながらのシェフのように、表舞台に出ずにキッチンで料理するのが性に合っているのさ」
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毎晩、1、2本のワインを開ける
10年前に初来日した際の記者会見で、印象的だった言葉を覚えている。「1日の終わりには1人の消費者に戻る」と。自宅兼オフィスで大量の試飲をするが、夜も1、2本のワインを開ける。
「ワインは素晴らしい飲み物だ。いまだに多くの発見がある。人生と似ている。ボルドーはゆっくりと、ブルゴーニュは速めに年をとり、個性を発展させて、頂点に達すると衰えていく。色があせ、エネルギーが失せ、やがて、明らかな死を迎えるんだ」
情熱は今も衰えを知らない。テイスターである前に、ドリンカーなのだ。消費者の立場にたった自分の活動に誇りを抱いている。
「生産者の競争はますます激しくなり、品質は向上し続けている。消費者も賢明になってきた。消費者の評価なしには、クオリティワインも生まれないし、生きて行けない」
消費者の声が届く流れを作ったという自負が、ワイン界の最高裁判事の原動力になっている。
WA誌を読むとわかるが、還暦を迎えたグレート・ボブはロック好きだ。60年代のボブ・ディランにショックを受け、ニール・ヤングにしびれている。車のBGMは大音量のニール・ヤングが多いという。私がその2人に取材した話を伝えると、「ワオ」とお得意の表現で驚いた。
あなたの人生を、ヤングの曲にたとえると、さしずめ(天安門事件に触発された)「ロッキン・イン・ザ・フリーワールド」ですか?
「うーん、そうだね。ライク・ア・ハリケーンかな」
アメリカの片田舎モンクトンから起きたハリケーンは今も世界を席巻している。
テキスト&フォト 山本 昭彦
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プロフィール
ロバート・M・パーカーJr氏 Robert M. Parker, Jr.
ワイン市場を左右する評論家
1947年米国メリーランド州生まれ。78年に自主独立のニュースレター「ワイン・アドヴォケイト」を創刊。現在は地域別となった担当者と共に世界中のワインを100点満点で評価している。驚異的な試飲能力と記憶力で「神の舌を持つ男」と呼ばれる。
(2008年6月26日 読売新聞)
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